長引く”せき”について

はじめに

風邪

よく風邪をひいたあと,咳が続くということで受診される方が多くいらっしゃいます。「風邪は治ったんだけど,その後咳が続いて,だんだん胸が痛くなってきた・・・」皆さんはそのような経験がありませんか。長びく“せき”は,時に日常生活を脅かす非常に厄介なものであったりします。

せき


せきとは本来どんなものか・・・


「咳嗽(がいそう=せき)」とは,肺や気道から空気を強制的に排出させるため,通常繰り返して起こる,気管・喉頭・呼吸筋の反射的な収縮運動である。咽頭や気管・気管支粘膜の刺激が誘引となって起こる。咳嗽をきたす疾患や状態は数多くある。誤飲やほこりによって気道に異物が入った場合にも起こるが,長時間咳嗽が続く場合は,呼吸器・神経系の疾患を疑わせる所見である」とか,「本来は下気道内への異物の侵入の防止または下気道内の異物および過剰分泌物を排除する生体の重要な防御反応で,乾性咳と湿性咳がある」というのがその定義です。ここで乾性と湿性の違いは,痰を伴うかどうか(痰がからむかどうか)の違いです。
何だか難しいことが書いてありますね。大事なことは,

「せき」は気管支の中のたんや,外から入ったほこりなどを出すための重要な反射なのです。

ですからこれがないとまた困ります。しかし,実際に外へ出すものがなくて,ただ咳ばかりというのも困りものです。
咳嗽は一般内科医や呼吸器内科医にとってもっともよく見られる症状の一つです。最近では,欧米や日本から診療のガイドラインが出されていて,ここでは,それらに従って説明していきます。ただし,日米では病気の種類や考え方に多少の違いがありますので,私なりに整理したいと思います。 ガイドラインに基づいて系統的な診療をすることによって,せきの患者さんのほとんどを的確に治療することができるといわれます。実際はなかなか難しいこともあるのですが。 アメリカのガイドラインによると慢性咳嗽の原因の88〜100%は診断でき,84〜98%はそれぞれの原因に応じた治療により,改善するとのことです。 慢性咳嗽の原因で最も多いのは,上気道咳症候群((UACS:upper airway cough syndrome),従来の後鼻漏症候群),咳喘息,胃食道逆流ですが,本邦における慢性咳嗽の原因疾患は副鼻腔気管支症候群,アトピー咳嗽,咳喘息が三大疾患です。咳喘息以外は異なっていますが,これは疾患の概念の違いによるものと,人種による差もあるのかもしれません。

せきの持続期間

せきの診断のためには,どのくらい咳が続いているかがひとつの目安になります。持続期間により次のように分けられます。ただし慢性の咳嗽も,急性の時期はあるので,当初からそれらの可能性も考えておく必要はあります(最初から明らかにヒューヒューゼーゼーといった喘息の症状もあればこれは当然喘息ということになりまずが,ここではそのような明らかな病気がわかっている場合を除きます)。咳嗽の持続期間の分類は日米では違いはありません。 以下のように分類します。

急性:3週間未満
亜急性:3〜8週間
慢性:8週間以上持続

ここからは咳嗽の持続期間ごとの疾患について説明していきます。アメリカのガイドラインのほうがすっきりしていますので,そちらに沿って解説します。ところどころに日本特有の疾患も含めていきます。

急性咳嗽 

急性咳嗽を診断するためには,まず経験的なアプローチを行います。いろいろな疾患の可能性を考えて,症状の起こり方,程度などを聞き,診察を行います。急性咳嗽については原因となる疾患の頻度についての正確な研究はありませんが,臨床経験からは,感冒,急性細菌性副鼻腔炎,百日咳(流行の見られる集団では),慢性閉塞性肺疾患(従来の肺気腫)の急性増悪(急に症状が悪化した場合),アレルギー性鼻炎,環境の刺激物質による鼻炎などがよく見られる疾患と言われています。

(1)上気道のウィルス感染(感冒や急性上気道炎など)は急性咳嗽のもっとも多い原因疾患です。治療しない場合,咳嗽の頻度は感冒の経過の48時間以内で83%,14日の時点では26%です。この場合の咳嗽は,後鼻漏(注)やせきばらいなどによる上気道の咳嗽反射による刺激によるものと考えられます。感冒は主に鼻腔の症状や所見(鼻汁,くしゃみ,鼻閉,後鼻漏)による急性呼吸器症状により診断されます。発熱,流涙,あるいは咽頭刺激症状を伴ったりすることもあります。胸部所見には異常がないことが多く,免疫の正常な患者の97%で胸部X線写真は正常であったと報告されています。

(注)鼻漏は鼻水が何らかの原因で多くなったり,鼻水の性質が病的な変化を起こした時に起きる症状です。鼻の前に流れてくる場合を前鼻漏,のどの方へ廻って落ちるとき後鼻漏といいます。前鼻漏は自覚しやすいのですが,後鼻漏はのどに廻ってしまう為に痰とまぎらわしくて,気がつかない場合もよくあります。)

感冒による急性咳嗽の治療としては,無作為二重盲検比較試験(実際の薬と偽薬を使う群に分けて比較検討する試験)により推奨される方法があります。これらは咳嗽を減らすのに有効とされています。アメリカではデキサブロムフェニラミン,シュードエフェドリン(抗ヒスタミン剤・抗うっ血剤(A/D))(注1)とナプロキセンとなっています。日本では当然そのような試験は行われていませんので,これらの薬に対応するものとしては,クロルフェニラミンやメチレンジサリチル酸プロメタジンなどの抗ヒスタミン剤,塩酸メチルエフェドリンなどの気管支拡張薬,それと種々の消炎鎮痛薬とういうことになります。一般的には,総合感冒剤(抗ヒスタミン薬や消炎鎮痛薬などがいろいろ入っているもの)に加えて,鎮咳薬を処方されることが多いと思います。市販の総合感冒薬には,種々の成分が混合されていますので,どんな症状が強いかによって使い分けをすることになります。

(注1)デキサブロムフェニラミン,シュードエフェドリン自体は日本では販売されていません。ナプロキセンは,ナイキサンという商品名ででています。

海外では,経鼻のイプラトロピウム(抗コリン剤:肺気腫の患者さんに使われます)が感冒による鼻汁やくしゃみに有効とされ使用されています。この場合咳嗽に対する効果については評価されていませんが,この薬剤は古い世代の抗ヒスタミン剤やナプロキセンの使えない場合には有効でしょう(残念ながら日本では使えません)。

一方,アレルギー性鼻炎による咳嗽の場合には抗ヒスタミン剤で非常に改善することが期待されます。ただしアレルゲンを避けることが最もいいのですが・・・。

なお2006年のアメリカ胸部疾患学会のガイドラインの改訂で,疾患の名前,分類に変更がありました。診療の上では大きな違いはないようですが,一応紹介しておきます。

1.上気道の異常に関連して生じる慢性咳嗽は,従来は後鼻漏症候群としていましたが,今回より上気道咳症候群(UACS:upper airway cough syndrome)と呼ばれるようになりました。これは,鼻漏だけでなく,咳受容体への直接の刺激や,上気道への刺激や炎症により,咳が起こる可能性があるからです。この範疇には,アレルギー性鼻炎,通年性の非アレルギー性鼻炎,好酸球性非アレルギー性鼻炎(NARES:Non-Allergic Rhinitis with Eosinophilia Syndrome),感染後のUACS,細菌性副鼻腔炎,アレルギー性真菌性副鼻腔炎,解剖学的異常による副鼻腔炎,化学物質の刺激による鼻炎,職業性鼻炎,医原性鼻炎,妊娠に伴う鼻炎などがあり,それぞれの疾患に応じた治療,対処を行うことになります。

2.抗ヒスタミン剤・抗うっ血剤(A/D)による治療で通常は1−2週のうちに咳嗽は軽減します。完全におさまるまでには数週間から2−3ヶ月かかる場合もあります。もしA/Dの治療で一部しか改善しない場合には,患者の症状によって次の治療のステップに行きます。もしUACSの症状が改善しても咳嗽が続く場合には喘息の評価をする必要があるでしょう。持続性の鼻の症状があれば,鼻腔へのステロイド,抗ヒスタミン剤を使用します。さらに症状が続けば,鼻腔の画像診断を行い,耳鼻科を受診するとよいでしょう。

亜急性咳嗽

上気道感染の症状で始まって,3〜8週間続く場合にもっとも多い疾患は感染後の咳嗽(PIC: Postinfectious Cough),感染性の副鼻腔炎,喘息などです。

(1)PICは肺炎を伴わない(胸部X線写真は正常)急性呼吸器症状に引き続いて起こるもので,最終的には治療なしで軽快するとされています。後鼻漏,鼻炎による咳払い,気管気管支炎などによって起こり,気道過敏性(注2)を伴うこともあります。後鼻漏や頻回の咳払いがあったり,口腔咽頭に粘液が認められる場合には,まず感冒に準じて治療を開始します。この治療を行っても1週間で症状が改善しない場合には,細菌性副鼻腔炎を鑑別するために画像診断(レントゲン検査など)の検査を行う場合があります(耳鼻科)。もし異常がある場合には,鼻のうっ血除去薬(塩酸メチルエフェドリン,塩酸エフェドリン,エフェドリン散,エフェドリン錠など:ただしこれらは副作用に注意が必要です)を5日間,抗生物質を3週間使用し反応を見ることがあります。

 (注2)気道過敏性:健常者では反応しないようなわずかな刺激にも気道が反応し収縮を起こしやすい状態を言います。

もし喘鳴(ヒューヒューゼーゼー)が認められた場合には胸部X線写真を撮影します。もし正常であれば,吸入の気管支拡張剤やステロイドを投与します。

(2)咳嗽が喘息の唯一の症状である場合もあります(いわゆる咳型喘息)。この診断は,正確には気道過敏性の存在(メサコリン誘発試験陽性(注3)であること)により判定されます。またその診断は喘息の治療のみで症状が改善した場合に確定します。ただし一般的には,吸入ステロイドや気管支拡張剤の効果,痰や血液検査などで診断されることが多いようです。

(注3)吸入誘発試験:原因アレルゲン(あるいはメサコリンなどの気管支を収縮させる物質)を低濃度から順次濃度を上げて2分間ずつ吸入し,1秒率(一秒間に吐き出せる息の量)が20%低下すれば気道過敏性陽性と判断します。実際にそのアレルゲンによって気管支喘息が起こっていることを証明するものですが,強度の発作を誘発する危険もあり,慎重に施行する必要があります。一部の大学病院,総合病院などの呼吸器科で行われます。

(3)百日咳が流行しているような地域で,明らかに百日咳の患者と接触歴がある場合や,咳き上げを伴うようなひどい咳嗽の場合には経験的な治療として,百日咳の治療をしてみる場合があります。血液検査で百日咳に対する抗体の変化を見ることで,診断できる可能性があります。

(4)非喘息性好酸球性気管支炎Chronic Cough Due to Non-ashmatic Eosinophilic Bronchitis (NAEB) :
この疾患はアメリカのガイドラインに記載されているものです。日本で言うと,アトピー咳嗽という疾患と類似しているということになります(表にその比較があります)。胸部X線所見,肺機能は正常で,気流閉塞,気道過敏性はありません。誘発喀痰(吸入によって咳をしてもらい,痰をだす),気管支鏡による気管支洗浄などによって気道の好酸球を証明することにより診断されます。ステロイドに反応します。アレルゲンや職業関連因子(粉塵の吸入など)を避けるべきです。吸入ステロイドで反応しない場合には,経口ステロイドも考慮することになります。

慢性咳嗽 

8週間以上持続する慢性咳嗽は種々の疾患で起こりますが,2−3の疾患によるものがそのほとんどを占めます。したがって,まずもっとも可能性の高い疾患を考慮して,経験的な治療を開始していくことになります。また刺激物(アレルゲン)や咳を誘発する可能性のある薬物を中止したりします。もし必要であれば,検査(胸部X線写真や血液,喀痰,肺機能検査など)を行います。どうしても確定診断が必要であれば,場合によってはメサコリン誘発試験や咳嗽誘発試験などを依頼します。

慢性咳嗽の確定診断は,咳嗽に対するそれぞれの疾患の治療が有効であるかどうかによってなされます。慢性咳嗽は,いくつかの病気が組み合わさって起こることが多い(18−93%の例で)ので,部分的に有効であった薬剤については,それを中止するのではなくて,他の薬を追加していくべきでしょう。数多くの研究によって,免疫不全のない人では,慢性咳嗽の原因の95%以上は鼻副鼻腔の異常による後鼻漏,喘息,胃食道逆流,喫煙による慢性閉塞性肺疾患,ACE阻害剤(降圧剤のひとつ)の服用者とされています。残りの5%が,肺がん,サルコイドーシス,左心不全,咽頭の機能障害(誤嚥など)によるものです。精神的な,あるいは習慣性との咳嗽は稀で,他の種々の疾患を除外していくことによって診断されます。

ちなみに最初に書きましたように,日本の場合は,副鼻腔気管支症候群,アトピー咳嗽,咳喘息がもっとも多い疾患になります。

症状や所見を詳細に観察し,可能性のある診断を考え,慢性咳嗽のもっとも可能性の高い疾患をしぼりこんでいきます。必要に応じて胸X線の検査を行い,他の疾患を除外することもあります。もし喫煙歴や環境刺激物質の暴露があったり,ACE阻害剤を服用していれば,最初のステップは決まってきます。すなわち,まず4週間は刺激物質を除去し,薬剤を中止してみます。それによって,慢性咳嗽が慢性閉塞性肺疾患かあるいはACE阻害剤によるものかどうかわかります。(まあ最近はACE阻害剤による咳嗽は常識的になっていますので,ACE阻害剤を服用されているかたで咳嗽が続けば,たいていは中止されていると思います。)

ちなみにACE阻害剤による咳嗽は,薬剤中止から2−3日から2週間で改善しますが,メディアン(中央値:半分の方が咳が消失する日)は26日です。また喫煙歴のある場合には,禁煙により4週間ほどで咳嗽は改善します(もっと長くかかる人もいますが)。COPDの急性増悪の際には抗生物質が必要になります。そのほか結核,がん,AIDSなどについては,流行状況,発熱,発汗,体重減少などを確認します。

後鼻漏の病歴があり,粘液を認め,口腔咽頭粘膜に敷き石状の所見を認め,それらが後鼻漏症候群を疑う所見であったとしても,必ずしも咳嗽が後鼻漏によるものとは限りません。上気道の症状や所見がなく,第一世代の抗ヒスタミン剤や抗うっけつ剤によって症状の改善する患者も少数ながらいます(これらはサイレント後鼻漏症候群の患者ということになります)。

胸焼けや逆流の症状は胃食道逆流症候群が咳嗽の原因であることを示唆することになります。しかしこれらの症状が見られる人はあまり多くないのが実状です(75%の患者では胸焼けは認められない:サイレント胃食道逆流症候群)。 (胃食道逆流の検査としては内視鏡検査や食道内pHモニタリングなどがありますが,後者はあまり一般的ではありませんね)

喘息患者の75%は咳嗽が唯一の症状である(ヴァリアントあるいはサイレントアズマ)といわれます。ほとんどの患者が吸入ステロイドとβ刺激剤で1週間ほどで症状が改善しますが,咳嗽が完全に消失するには8週間かかる場合もあります。そのほかに,ロイコトリエン拮抗剤が有効な場合もあります。

副鼻腔気管支症候群(SBS:Sinobronchial Syndrome):慢性的に,あるいは繰り返し白血球特に好中球による気道炎症(注4)を上気道と下気道に合併した病態であるとされます。日本で慢性の湿性咳嗽を呈する代表的疾患です。上気道の炎症性病変は一般に鼻・副鼻腔炎であり,下気道の炎症性病変は慢性気管支炎,気管支拡張症,びまん性汎細気管支炎の3つに分類されます。気道の粘液・繊毛クリアランスの障害や免疫能欠損,低下などが認められます。多くの場合に上気道炎症状の後に湿性咳嗽が出現し,増悪したりします。そのほかには後鼻漏,鼻汁,咳払いなどの副鼻腔炎症状を伴います。喀痰では好中球,細菌ではインフルエンザ菌,肺炎球菌,モラキセラなどが検出されます.副鼻腔炎の診断には副鼻腔の画像診断が必要とされます。乾性の咳嗽に対する治療は効果がなく,ムコダインなどの去痰薬や,マクロライド系やキノロン系の抗生物質が使用されます。

(すみません。ここは少し用語が難しいかもしれません。要は鼻も悪くて,気管支も悪い方がいらっしゃる,慢性的に炎症を起こして,細菌感染を伴っているような状態ということでしょう。びまん性汎細気管支炎は日本やアジアにしかない疾患ですので,このあたりが欧米のガイドラインと位置づけが異なってくる理由になります)。

(注4)炎症とは:生体が何らかの有害な刺激を受けた時に起こる防御反応の事です。有害な刺激としては,細菌やウィルスなどの病原体や,熱傷や放射線などの物理的な刺激,酸やアルカリ・薬物などの化学的な刺激,その他にアレルギー反応などがあります。炎症が起こった時に生体が引き起こす反応(炎症反応)としては,局所の発赤・熱感・腫れ・むくみ・痛みがありますが,これらの反応は,有害な刺激から体を防御し,回復させるために重要なものでもあります。

最後に

以上,せきについて,病気の種類や治療についてご説明しました。少々わかりづらいところもあったかもしれませんが,今後少しずつ修正していきたいと思います。

実際の現場では,正直なかなか診断が難しいことも多いのは事実です。基本的には,可能性の高い疾患を考慮し,それにあった治療を試しながら,治療をすすめていくということになりましょうか。

(参考)以下に咳嗽の治療に使用される薬剤を示します(日本呼吸器学会 ガイドラインより)。



(注:百日咳に対してはエリスロマイシン,クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質が使用されます。)



参考
1)日本呼吸器学会編 咳嗽に関するガイドライン  2005年
2)日本咳嗽研究会
http://www2.eisai.co.jp/netconf/cough/
3)Richard S. Irwin, ら:Diagnosis and Management of Cough Executive Summary: ACCP Evidence-Based Clinical Practice Guidelines. Chest 129: 1S-23S.2006